ルノワールの物語―晩年の裸婦を考える

裸婦像はルノワールの代名詞といってよい。有名だし、優れた作品が多い。今回はそんなルノワールの裸婦像、それも晩年のものを取り上げながら、ルノワールと裸婦について物語ってみたい。

横たわる浴女

1903年から1907年にかけて描かれたものでパリのオランジュリー美術館が持っている。モデルはなんと奥方アリーヌのいとこだという。

ルーベンス

さて、画を見ていこう。まず、はじめに目を引くのはその過剰ともいえる豊満さである。これは明らかにルーベンスの影響である。

ルーベンスはルノワールから遡ること250年、フランドルの大画家なのだが、生前から超売れっ子であり、彼の工房から生み出される膨大な数の作品は全ヨーロッパに散らばっていった。もちろんルーブルにもあの「マリー・ド・メディシス」シリーズを始め、多くの作品が収蔵されている。若いころ、ルーブルに日参して絵画の修行をしたルノワールにとって、裸婦といえばルーベンスのものが常に念頭にあったであろう。そういう意味で、これは正統派裸婦像といえる。

それにしても、ルーベンス以前の画家は、ヴェネツィア派にしても、北方ルネサンスの画家にしても、もう少し肉付きは控えめなのであって、ルーベンスはなぜここまで裸婦というものを豊満にする必要があったのだろうか。これは一考に値することなので、そのうち語ることにする。

成熟ということ

さて、つぎに目を引くのは裸婦の成熟度である。たっぷりした肉体―筋肉ではないだろうから脂肪といってよいのだろうが、中に通っている静脈が透けて見えるように、肌の白さ、透明感が表れるように肉体そのものや輪郭線に寒色が隠し味として使われている。これはルーベンスの作品でもすでに行われていることなのだが、ルノワールの作品ではさらに顕著になっているように見える。

もはや、裸婦のフォルムに対する興味というより、なにか「肉」そのものー肉体の感触、香りといったものを表現しているようにさえ見える。見ていると、裸婦そのもののなかに没入していくかのような感覚すら覚える。

ルノワールは40歳を前に右手を骨折、40代後半にはリューマチを発症し、60代に入ると歩くこともままならなくなり、両手は絵筆を持つのがやっとだったという。

この絵はそんなルノワール64歳の時の作品だ。動きのままならない肉体・・・絶え間なく襲ってくる痛み・・・そうした中、最後の20年間でルノアールが裸婦の中に見出した真の美しさは成熟の中にあったのだ。

わたしたちは美しさについて考えるとき、成熟ということをもっと考える必要があるな。

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