ルノワール作品を見るコツー「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」

印象派を代表する画家、ルノワールのこれまた代表的な作品といって良いのが「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」だ。あなたも一度は見たことがあるであろう。だが、あまりにも有名だからかえってよく見ていないのではないだろうか。今回はわたしといっしょによく見てみようではないか。

ムーラン・ド・ラ・ギャレット

まず、そもそも「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」って何なのだろう。フランス語でムーランとは水車小屋、ギャレットとはビスケットのことで,つまり「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」とは「ビスケットの水車小屋」ということになる。パリの歓楽街モンマルトル地区に実際に水車小屋があったのだそうで、そこにできたダンスホールがこう名付けられた。

なにが描きたかったのか

さて、そのダンスホールを描くにあたって、ルノワールは何が言いたかったとあなたは思われるだろうか・・・

ダンスホールとはいいながら、季節は春・・・ブドウとバラの棚の木陰の様子である。日本でも最近はちょくちょく見かけるようになったが、ヨーロッパの飲食店は150年以上も前から気候が良くなるとどんどん屋外にテーブルを出し、人々は飲み食いしたり踊ったりしていたのだ。この絵は、そうした木漏れ陽の中で無数の男女が踊ったり、笑いさざめく様子を、いろいろな色の混ざり合いや対比として画面に定着しようとしたものなのだ。

この絵を見ていくときに、どうしても手前で談笑する母娘と男性、その右手後方のシルクハットの男性と書き物をする青年に目がいきがちなのだが、そのためにこのことはよく見えていなかったのである。この絵を見るときには細部を見る前にあえて画面全体を眺めてみよう・・・

ルノワールのルノワールたるゆえん

とはいえ、ルノワールは後年出てくるような頭でっかちの画家ではなく、あくまで「手の」人であった。美しい女性や親しい友人がいれば、それはもはや色の斑点などではなくなってしまうのだ。

先ほどわたしは母娘といったが、手前の女性二人はルノワールの女友達エステルとその妹ジャンヌだという。つまり姉妹なのだが、ルノワールはこの二人の表情を黒や朱色でスー、スーッとじつに豊かに、巧みに描き分けている。この姉妹の表情などは「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」全体を支配する色彩の氾濫に比べればごく些末なことにすぎないのだが、ルノワールはやはりこだわってしまうのだ。・・・そしてわたしはルノワールのこだわりは正しかったと思う。これがあるからこそ、この絵は光り輝くのである。嘘だと思うなら、ここ抜きで画面を眺め見てほしい。

フォリー・ベルジェールのバー

ちなみにこの絵は1876年に描かれたものだが、ルノワールの先輩格のマネが1881年に描いた「フォリー・ベルジェールのバー」(ロンドン、コートルードコレクション)という絵と比べてみてほしい。両者とも、特に遠方の処理、無数の人々がさんざめく様子を黒でじつに巧みに描き表している。

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