ルノワールの作品―人物像について

引き続きルノワールの作品についてお伝えしていこう。今回は絵ハガキになったりしていておなじみのこの絵を取り上げる。

テラスにて

わたしの持っている資料では「SUR LA TERASSE」つまり「テラスにて」となっているが、ルノワール自身は「テラスの姉妹」とつけたようだ。なんとここに描かれているのは姉妹なのだ・・・わたしはずっと母子像だと思っていた・・・なんともフランスの少女というのは大人びているな・・・でも確かにピンク色の肌に赤みのさした頬は10代から20代にかけての女性のもので、実際にヨーロッパを旅してこんな感じのフランス人女性を多く見かけた。なんとも涼しげな目元をしているではないか。たまらないな・・・

シカゴ美術館

この絵はしかし、現在はアメリカにある。シカゴ美術館が持っているのだ。手元の資料では「ルイス・コバーン夫妻記念コレクション」ということになっている。シカゴ美術館に限らず、ニューヨークやワシントン、ボストンの美術館を回ってみるとよく分かるのだが、アメリカの巨大美術館の収蔵品は資産家の寄贈によるところが大きい。30万点ともいわれるシカゴ美術館もなんと9割が寄贈だという。この絵もコバーンという人がアメリカの黄金時代に10万ドルで購入したものだ。決して高い買い物ではなかったろう。現在、同じくらいのサイズの人物画はなんと2000万ドル近くで売り買いされているのだ。

1881年

さて、この絵が描かれたのは1881年。ルノワール41歳の時である。ルノワールは1841年に生まれ、1919年亡くなっている。じつに80年近く生きたわけで、41歳というのはその生涯の真ん中にあたる。

ルノワールという人は貧しい家庭に生まれたこともあって、13の時から陶器の絵付けをして家計を助けていた。この陶器の絵付けがミソである。このことを語っている人は他にあまり見かけないが、陶器の白い肌―釉薬がかかってすべすべした表面に透明な絵の具が幾重にも塗り重なって、地肌が透けて見えたり、色が混ざりあったりするさまはまさに後年のルノワールがキャンバスの上で試みていることなのだ。ルノワールが絵画で表現したいことはじつはこの13歳から美術学校に入る21歳までの間に見いだされているのだ。

美術学校での修行を経て最初にこれを表現するのが30代後半から40代はじめくらいまでなのである。この後、ルノワールはイタリアを旅したりして、硬質な、形体を重視した表現に入っていく。われわれがよく知っているルノワール様式に再び戻ってくるのは40代も終わりの頃のことなのだ。

あらためて絵を見てみよう。テラスの後ろに広がる川面や木立。その緑や黄や水色が人物の赤や紺と響きあい、混ざり合い、混然となっている。が、同時に中央の少女の表情、および紺の衣装には、この後出てくる硬質な形体への希求というものが表れているように見える。

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