エゴン・シーレを見るコツ

世紀末ウィーンの画家、エゴン・シーレの作品を見るコツをお伝えしよう。そもそもシーレとは何者なのか。そして我々はなぜシーレの作品に惹かれるのかを考えていく。

エゴン・シーレ・・・何者か

エゴン・シーレは1890年、ウィーン郊外の町トゥルンというところで生まれた。分離派の先輩、クリムトよりも28歳年下である。父は鉄道官吏であったが、シーレが14歳の時に亡くなってしまう。なんと梅毒であった・・・そういえばクリムトも一説によると梅毒が死因だったのではないかともいわれている。

16歳でウィーン美術アカデミーに入学。翌年には総合芸術展に出品し、クリムトの知己も得る。やがて画家としてデビューすると、クリムトのモデルだったヴァリーを愛人とし、ウィーン郊外のノイレングバッハというところで旺盛な制作活動に入る。画業は順調に滑り出したといえる。だが、彼の作品や生活スタイルは不道徳だということで、ある日警官が押し入ってきて彼は拘引、そして有罪判決まで受けてしまうのだ・・・この辺りはヴィトゲンシュタインが小学校教師をしていたトラッテンバッハを思い出させる。オーストリアも一歩ウィーンを出れば旧弊な慣習が支配するところだったのである。

ウィーンに戻ったシーレはエディットという娘と知り合い、25歳で結婚する。第一次大戦に従軍するも、分離派の展覧会に飾られた彼の作品は好評で、シーレは将来を嘱望される存在であった。

だが死は唐突に訪れる。スペイン風邪という新型のインフルエンザをご存じだろうか。1918年~19年にかけて大流行し、全世界で500万人とも一億人ともいわれる人たちが亡くなっている。シーレも身籠っていた妻ともども感染し、あっけなくこの世を去ってしまう。享年なんと28歳。

どこが良いのか

シーレは美術大学の受験生に人気がある。私が学生の頃もシーレが好きだという人は周りに必ず一人はいたものである。なぜなのだろう。

それはシーレという人が基本的には「形」というものをはずさないで描いていたからではないか。私たちの棲んでいる世界は三次元の世界である。この三次元の世界を二次元の世界、つまり平面に置き換えていく場合、なんらかの工夫が必要になる。通常、それは陰影をつけたり、遠近法を駆使したりすることで表されるのだが、じつは素描を学んでいると、それだけでは済まされない場面が多々あることに気が付かされる。

例えば、光が真正面から当たっている「全光」と呼ばれる場合、逆に光が裏側から当たっている「逆光」と言われる場合など、陰影や遠近法以外の方法を駆使しないと、画面は平たく潰れたものになってしまう。

そこで陰影によらず表面の凹凸を拾っていく方法が必要になるのである。シーレの場合、それは筆のタッチであったり、絵の具の汚れであったり、線であったりする。シーレの絵をよく見てみるといい。それらが本当に上手く「形」の上に乗っているのである。逆に言うとものの「形」から完全に自由になり切れていないところが28歳で逝ったシーレの限界だったのかもしれない。

 

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