あなたの知らない素敵なドイツ人画家―アルトドルファー

ルネサンス期には、まだまだあなたの知らないドイツ人画家―それも素敵なドイツ人画家がいる。その名もアルトドルファー。ドイツ語でAltは古い、Dorfは村であるから古い村人とでもいうような意味なる。なんともロマンティックな名前ではないか。そのアルトドルファーとはどんな人でどんな作品を描いたのか・・・それをお伝えしよう。

どんな人

アルトドルファーはドナウ派という一派に属する。当時、ドナウ川流域で作画活動をしていた画家たちのことをいうのだが、ドナウ川と聞いてオーストリアを思い浮かべる人も多いと思う。だが、ドナウ川はシュバルツバルトに端を発し、ドイツ南部のあたりを東に向かって流れる立派な「ドイツの」川でもあるのだ。

アルトドルファーは1480年頃、そのドナウ河畔の古都レーゲンスブルクに生まれたとされている。名前はアルブレヒト。そう、彼よりも10歳年長のデューラーと同じ名前である。彼もデューラーのことは意識していたらしく、小型の版画で販路を拡大したり、ロゴを真似たりしている。父も画家であったとされ、アルブレヒトは20代半ばには親方として独立する。商業的にはそこそこ成功していたらしく、神聖ローマ皇帝マクシミリアン一世のために写本挿絵を描いたり、バイエルン候ヴィルヘルム4世の注文を受けて油彩を描いたりしていた。

一説には、彼は人物画が苦手だったといい、それで風景主体の宗教画を描くようになったという。それはともかく、彼は美術史上では初めて風景というものをひとつの独立した絵画として作品にした人だといわれている。没年ははっきりしており、1538年。同名のデユーラーと同じく還暦を目前にして生き絶えてしまった。

どんな作品を描いたか―アレクサンドロス大王の戦い

まずはなんといってもミュンヘン、アルテ・ピナコテークにある「アレクサンドロス大王の戦い」(1529年)であろう。わたしはこの絵を「探検」という学研から出ていた図鑑の中で初めて見たのだが、その時の感動は忘れられない。当時、子供であった私は、これが絵などとは夢にも思わず、アレクサンドロスの頃に撮影された写真だと思い込んでいた。それほどリアルだったのである。長い槍を携えた無数のマケドニアの兵士がひしめく様子は、まさに戦場を思わせて、子供ながら、思わず嘆声を挙げたものであった。

水浴するスザンナと石打に処せられる二人の老人

これもアルテ・ピナコテークにある作品である。1526年の作である。画面の大部分を占めるのは超高層タワーかと見紛うほどの高い宮殿である。前景に水浴するスザンナが、真ん中あたりに二人の老人が描かれて、かろうじてこれが宗教画だということが分かる。

わたしは密かにブリューゲルが「バベルの塔」」を描く前に本図を見ていたのではないかと推測している。

聖フロリアヌスの殉教

フィレンツェはウフィツィ美術館にある作品。なんとも不思議で奇妙な作品である。橋の下から橋の上に集まった群衆を描いたもので、橋の間から見える青空や川辺の風景が青々として何とも美しいのだ。でも聖フロリアヌスは首に石臼を巻きつけられて、これから川に放り込まれるのだ・・・残酷なシーンなのになぜこれほどまでに明るく美しいのだろう。

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