まだいたドイツのスゴイ画家―クラナハ

ドイツにはまだまだすごい画家がいる。その一人、ルーカス・クラナッハを紹介しよう。

どんな人?

ルーカス・クラナッハは1472年、ドイツ中部の小さな町クローナハに生まれた。あのアルブレヒト・デューラーとは一つ違いである。この時代のたいていの画家がそうであったように、彼の父親もまた職業画家であり、幼いころから画業に親しんだ。青年期を迎えて一念発起し、神聖ローマ帝国の聖都ウィーンを目指す。

ウィーンでザクセン候フリードリヒ公に見いだされ、33歳でヴィッテンベルグへ赴く。ヴィッテンベルグと聞いて何か思い出さないだろうか・・・そう、マルティン・ルターが「95カ条の提題」を張り出したのは何を隠そう、このヴィッテンベルグの城館付属教会の扉なのだ。クラナハがヴィッテンベルグに到着してから12年後のことである。

ヴィッテンベルグでは、宮廷画家として絵画制作のみならず、衣装や武具のデザインまで手掛けるまさに八面六臂の活躍で、彼の名声はやがてドイツ中に広まるようになる。ルターとも親交が深かったようで、ルターがドイツ語訳した聖書の挿絵は彼が担当しているし、ルターとその妻の肖像も彼が手掛けている。

ヴィッテンベルグには30年以上も住み、ついには市長まで務めるほどの名士になるのだが、パトロンであったザクセン候がミュールベルグの戦いで敗れ、アウグスブルグに虜の身なると、候に付き従っていくことを決意。やがて候が許されると一緒にワイマールの地へ移る。ワイマールにて81歳の大往生。

どんな作品を描いたか

クラナハは大工房を切り盛りしていたから、作品数も多いのだが、その中からピカイチの作品2点を紹介しよう。

ヴィーナスとキューピッド

まずはベルリン美術館にあるこの作品から。1530年頃というから、クラナハが大体60歳頃の作品である。ヴィッテンベルグ近郊の貴族たちからの注文に応じて描かれたといわれるが、われわれの知るいわゆる「裸婦」―ルーベンスやルノアールが描くような、ふくよかな、豊満な裸婦とはかなり違う。クラナハの描く裸婦は「危険」なのである。どういうことか。そもそも衣装という「日常」が取り払われたところの「裸」というものはある意味で「非日常」なのであり、それはめくるめく陶酔感を伴いながらも危険なものでなければならないのである。ビーナスの小ぶりな胸、立派な腰部と大腿部、吊り上がった眼・・・どれも危険で美しい。

ザクセンのハインリヒ敬虔候とその妻カタリーナ・フォン・メクレンブルクの肖像

こちらはドレスデン美術館所蔵。1514年というからクラナハ42歳の作品である。とにかくこのザクセン候の衣装の黄色に注目してほしい。これは現代の画家の手によるものではない。500年も前の画家によって描かれたものなのだ。なんと超現実的で妖しいのだろう。キリコが描いたこんな風になるのではないだろうか。信じられないほどモダンである。

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