ファン・アイク作品を楽しむ方法

油彩技法の確立者、北方ルネサンスの雄、ファン・アイクの作品を楽しむ方法をお伝えしよう。なにせ600年も前の人であるし、記録に残されている活動期間は10年ほどということもあり、残されている作品はそれほど多くはない。そこで鉄板中の鉄板作品3点を選び、それらを自分の目で見ることにしよう。

ゲントの祭壇画(1432年 ゲント 聖バーフ大聖堂)

わたしは25歳の時に二か月ほどケルンにいて、その間にブリュッセルに旅行したり、ドイツ北方のオスナブリュックやブレーメン、ハンブルクにも小旅行した。にもかかわらず、ゲントを訪れなかったのは不覚であった。わたしはこれを一生悔いるであろう。

それほどまでにこの「ゲントの祭壇画」は「見ないで死ねるか」という一作なのである。では見ていこう。

この作品は途中まで兄のフーベルトが制作していたと伝えられている。それはいったいどこなのか。わたしはずばり内側下段中央パネル「神秘の子羊の礼拝」の中央部分、同じく内側下段の左翼「キリストの騎士」と右翼「聖隠修士」、そして外側下段左翼「寄進者ヨース・フェイト」、右翼「寄進者の妻エリザベト・ボルリュト」であろうと見ている。

これらの部分は解剖学的に見て不自然なところが多く、遠近法的に見てもつじつまの合わないところが見られる。そして何より「Als Ich kan」(己の能う限り)といって。神の創造したこの世界を限界まで見て忠実に再現することに徹した姿勢がこの部分には希薄なのである。

それに比べてほかの部分、とくに内側上段中央パネルの「御座のキリスト」、「御座のマリア」の迫真性を見よ。素晴らしいではないか。これは「初めてものを見た」人の描いた絵だ。

アルノルフィニ夫妻の肖像(1434年 ロンドン・ナショナル・ギャラリー)

 これも見ないでは死ねないであろう。この絵を見に行くためだけにロンドンに行くべきだ。1432年から1441年までの10年間というのは本当に美術史にとって、奇跡の10年といってもよいのではないか。

 人というのは頑張ればここまで見えるものなのか・・・写真ではなく、まぎれもなく

人の目によらなければ絶対に見えてこない風景である。それにしても、2019年現在のわたしたちにはここまで物が見えているのであろうか・・・自分の胸に問いながら見てほしい。

宰相ロランの聖母(1435年 パリ ルーブル美術館)

 ルーブルはいったい、どうやってこうした良いものを集めているのだろうか。悔しい限りである。

 さて、この絵は何より聖母の衣服の赤・・・これに尽きるであろう。これはまず、白黒で素描した後、バーミリオンという超の付くほど高価な朱色の絵の具で色を付け、上からレーキ系の透明な赤を掛けているのだ。ただ、ここで絵の具を溶いている乾性油が問題であって、この深みはただの亜麻仁油ではない。一説にファン・アイクは琥珀の溶解法を密かに解明し、亜麻仁油に混ぜていたという。さもありなんというほどの輝きに満ちた、宝石のような赤である。ああ、ルーブルに行きたくなってきた・・・

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