若冲を見るコツ

東京都美術館で始まる「奇想の系譜」展。やはり筆頭には若冲が来ている。とはいえ、若冲は多産な画家で、その全貌を俯瞰するのはなかなか難しい。そこで若冲の作品を見る前に、彼の代表的なものをみておこう。展覧会がもっと面白くなるはずである。

動植

やはりこれは知っておくべきであろう。40代からじつに10年の歳月をかけて描き上げた、畢生の大連作である。鳥類、魚類、虫類であたかも宇宙の森羅万象を描き出したかのようだ。

1765年、若冲49歳のときに京都にある相国寺に寄進された。末弟がこの年亡くなったこともあろうが、当時の人の寿命を考えると、若冲はこの作品群を自分の遺作のようなつもりで書いたに違いない。それくらい若冲のすべてが注ぎ込まれており、その描写は鬼気迫るものがある。

どれもいいが、あえてひとつを紹介しておこう。「雪中錦鶏図」である。中国原産の錦鶏が松の枝にとまっており、そこに雪が降り積もっている。その雪のじつにエロティックなこと・・・

前回、東京都美術館で開かれた若冲の展覧会でこの絵を見たある女子大生が「これは精液ですね」と喝破したという。鋭い・・・

花鳥蔬菜図押絵貼屏風

1760年というから、若冲45歳の作である。本当なのか・・・本当だとすると、あの動植綵絵と並行してこの絵を描いたことになる。信じられない・・・

まずこの筆遣いの自由なこと・・・ひょっとしたら動植綵絵の緻密な作業で溜まった鬱憤をここで晴らしたのかもしれない。とにかくのびのびとしている。鶏の尾のドロンとした感じ、松の葉の、もはややけくそとでも呼んでよいくらいの刺々しさ、蓮や菊、カボチャの描線はもう、まるでジョルジュ・マチューと呼んでもよいくらいである。

若冲ってすごい人だったんだな・・・なんと個人像である。うらやましい・・・わたしもこんな絵を折に触れて自宅に飾れる生活を送りたいものだ。

仙人掌群鶏図襖

1789年、今度は74歳になった若冲の群鶏図である。1788年、京都に大火があり、焼け出された若冲は一時大坂に滞在した。この襖絵はその時の作品で、大阪は西福寺というお寺である。

74歳になったとはいえ、画力、画面にみなぎる精力はいささかの衰えも見られない。いや、むしろ、画面構成やリズムが巧みなって、絵自体の力強さは40代の頃に勝るともいえる。

この襖がすごいのはじつは裏面だったりする。裏面には蓮池が描かれているのだが、これがなんとも寂しげで、それでいて妙に精緻ではっきりとしていて、ゆえに不気味なのである。夢の中で見る蓮池はおそらくこんな感じであろう。

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