北斎展をめぐるコツー見るならコレ

森アーツセンターギャラリーで開かれている「新・北斎展」の出品目録を見ると、通し番号がなんと479にも及んでいる。もちろん展示替えなどもあるだろうから、実際会場に足を運んで目にするものはこれより少なくなるであろうが、それでも膨大な量だ。加えて会場にひしめく多くの観客のことも考えれば、やはりポイントを決めておくべきだ。そう、コレというものをあらかじめピックアップしておくのだ。それで今回は「北斎展をめぐるコツ」と題して北斎のベキベキ作品をいくつか紹介しよう。

諸国瀧廻り「木曽路ノ奥阿弥陀ヶ瀧」

1833年、北斎73歳の作品である。この展覧会では第5章:為一期となっている。通し番号は337番である。

初めてこの絵を見たとき、月並みだが、なにかで頭をガーンと殴られた気がした。スゴイ絵である。日本にもこんな絵があったのだ・・・そう、ある風景を描くのに、特定の一点から見たところを描くとだれが決めたのだろう?われわれは知らない間にヨーロッパ近代のものの見方に慣らされている。だから、モダンな絵画修業を通って、ウルトラ・モダンとでもいうべきものを求める人にはこの絵はショッキングなのだ。

だが、実際に日本の滝をいくつか巡ってみるならば、この絵の滝の描かれ方はじつに納得がいく。われわれの目というのは滝をこういう風に見る。嘘だと思うなら、あなたも瀧廻りに出かけてみては?

「新編水滸画伝」

第3期:葛飾北斎期。通し番号では230番である。1805年、北斎45歳の時の作品である。わたしが推すのは「伏魔殿壊れて百八の悪星世に出」の場面である。辻惟雄氏の「奇想の図譜」に載っている。

これなど見ると、北斎という人は、グラフィックデザイナーなのだと思う。これは何も、北斎やグラフィックデザインを低く見ているわけではなく、両者とも「印刷」を前提とした表現をしているということだ。限られた技法、大量生産の利く技法でなされた表現なのだ。ましてやこれは読本であり、読者の掌の上で次々とページが繰られていく類のものである。そうしたところで、北斎のこの絵は最大限の効果を引き出している。

わたしはこれをグラフィックデザインよりもむしろ、最近になってやっとサブカルチャーからカルチャーへと格上げされた日本の漫画の原点ととらえたい。

生首図

第4期:戴斗期。通し番号は251。中野京子氏が「怖い絵」の中で言っておられることだが、いったい画家の目ほど残酷で怖いものはないのではないだろうか。どうして画家というのは、こう、見たままを画布に写せるのだろうか。

胴体から切り離され、頭部からはみるみる血が失せていく。切断面の肉は中央に向かって盛りあがっていき、眼は生気を失って卵の白身のようになる。それはもはや人の頭部ではなく、一個の肉塊である。それを一個の肉塊と見る北斎の目が恐ろしい。

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