あなたの知らないゴッホ鑑賞の方法

あなたがゴッホを見るとき・・・見る前にすでにおびただしい数の言葉が脳裏を駆け巡っているはずである。いわく、「後期印象派」だの「ジャポニズム」だの「炎の画家」だの「狂気」だの・・・である。だが、ごくごく素直に見るならば、あなたの知らないキーワードが一つある。意外と語られていないが、それは「オランダ」である。ゴッホ―もっと言ってしまうと画家というものはその生まれ根差したところから一生離れられないものなのだ。さあ、それではあなたの知らないゴッホ鑑賞の方法について語ろう。

ゴッホ鑑賞は3人のオランダ人(広い意味で)画家を取掛かりにして行われる。

フランス・ハルス

まずはオランダはハーレムで活躍したフランス・ハルスから。1581年(1585年)-1666年というからルーベンスと同年代の人だ。この人の肖像画を見てほしい。多くの肖像画にはレースのような白い襟飾りが描き込まれているのだが、この人はこの白い襟飾りを、今練ったばかりのような新鮮なホワイトのストロークでじつに大胆に表現しているのだ。たとえばサンパウロ美術館所蔵の「マリア・ヒーテルスドホテル・オリカン」(1635年―1640年)を見てほしい。ゴッホの力強いタッチを目の当たりにするとき、このフランス・ハルスの絵を思い出さずにはいられない。

ピーター・ブリューゲル

ブリューゲルはアントワープで活躍した人であるから、現在の地図でいうとベルギー人になってしまうわけだが、もっと広い意味でフランドル~ネーデルランドの人と考えてほしい。ちなみにドイツ語ではオランダのことをNiederlandニーダーランドというのだが、これは低い土地という意味で、つまりドイツから見れば、年中風車で海水をかき出していなければならないような海抜の低い湿地帯を呼ぶときの総称だったわけだ。

話題がそれたが、ブリューゲルについてはウィーンの美術史美術館にある「農民の踊り」(1568年頃)を見てほしい。地面があって農民たちの影がそこにスウ―っとさしているさまはゴッホの「靴」(1886年 ファン・ゴッホ美術館)の影そのものではないか・・・

レンブラント

最後はレンブラントだ。1606年―1669年。ライデンで生まれ、のちにアムステルダムに移った。彼の「クラウディウス・キウィリスの謀議」(1661年頃 ストックホルム国立美術館)を見てみよう。テーブルの上で剣をかざして何やら誓い合っている男たちはテーブル上のランプの光に照らされて金色に光輝いている。

この金色の光を、レンブラントは絵の具を厚く塗りこめ、筆のタッチを残した後に薄い透明色を掛けて(グラッシという)その凹凸を強調している。油絵具のうまみを熟知したもののみが行える心憎いまでの表現だが、この金色、わたしにはゴッホの「夜のカフェテラス」(1888年 クレラ・ミュラー美術館)を思い出させる。カフェの明かりに照らし出されたカフェの天井が金色に光輝くさまをゴッホはまさにオランダ絵画の伝統にのっとって表している。

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