自由に見るムンク展

鳴り物入りで東京都美術館にやってきた「ムンク展」だが、「共鳴」とか「魂」とか「叫び」とかいうキャッチコピーに惑わされず、自由に見てみよう。そのためには「ごあいさつ」とか「メッセージ」といった壁にちりばめられた言葉は素通りすることだ。

とにかく絵を見ようではないか。あなたはどれがいいと思った?私が良いと思ったのは次の5点である。

並木道の新雪

1906年.パリではピカソがようやく「アヴィニョンの娘たち」に取り掛かったころ、ドイツではムンクがすでにここまでの絵を描いていた・・・なんの変哲もなく、なんと平凡で、そして不気味なのであろう。おそらくこの色彩と形体の単純化の具合が絶妙なのであろう。わたしはこれを見てなんとはなしにメキシコの画家ディエゴ・リベラを思い出した。

黄色い丸太

1912年作。丸太がこう見えるというのはじつによく分かる・・・高熱にうなされたときや酔って妙に頭が冴えるとき、あるいはとても現実感のある夢の中にあるときにこういう光景に出くわす。本当になんということはない光景なのになんと恐ろしいのだろう。

太陽

1910年から1913年までオスロ大学の講堂を飾る壁画のために制作されたという。わたしはこれを見てゴッホが「種まく人」などで描く金色の太陽を思い出した。狂気という点ではこの二人は通じるものがあるのかもしれない。ただ、ゴッホの太陽は、まさに「狂気と行動を共にしています」といった覇気があるのに対し、ムンクの太陽はすでに「狂気に支配されてしまっています」といった、いわばくったりとした太陽である。この絵を日常目にしているオスロ大学の学生はこの太陽に何を感じるだろうか・・・

真夏   水浴する岩の上の男たち

ともに1915年作。マティスの「豪奢Ⅱ」(1907年-1908年 コペンハーゲン国立美術館)に匹敵する作品である。わたしは個人的にはムンクに軍配を上げる。真夏の海辺・・・岩場に文字通り「カッと」照り付ける、もはや暴力的といってもよい陽射しがとてもよく表されている。皆さんは夏の北欧を旅したことがあるだろうか。わたしはフィンランド国内を北上し、ウツヨキを経てノルウェーのチルケネスにドライブしたことがある。フィンランド国内ではどちらかというとクリアで上品だった太陽が、ノルウェーの海岸に出たとたん、ギラギラと攻撃的になったことをよく覚えている。

自画像、時計とベッドの間

1940年~43年作。ムンクが最後に到達したところはなんとへんてこりんなところなのだろう。変というのは、明るくもなく暗くもなく、ことさら狂気が強調されているわけでもない・・・だが、なんと居心地の悪い・・・居心地が悪くて悪くて、ついつい見入ってしまう。そんな絵なのだ。ちなみにこの絵のベッドカバーの模様はアメリカの画家ジャスパー・ジョーンズの「クロス・ハッチ」シリーズに霊感を与えた。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です