コレがスゴイー尾形光琳3枚

尾形光琳のほんとうにスゴイ作品を3点紹介しよう。尾形光琳といえば、MOA美術館の「紅白梅図屏風」や根津美術館の「燕子花図屏風」を思い浮かべる人が多いであろうが、コレといって感じるところもないというひともじつはいる。国宝とか重文というものは、フィルターが幾重にも掛けられていて感性が鈍磨してしまうことがあるので気を付けなければならない。光琳のスゴイ絵を見たことがない人は以下の3点をぜひ見てほしい。

竹梅図屏風

まずは東京国立博物館の「竹梅図屏風」から。光琳晩年の作といわれる。金地の上に墨一色で描かれているのだが、金というのは紙に比べて墨がのりにくいため、一気呵成に描かなければならないのだが、そこはやはり光琳・・・筆に全く迷いがないな・・・特に竹の表現が素晴らしい。まったくてらいや気負いというものを感じさせないのに、この圧倒的な存在感は何だ・・・墨も今摩ったばかりのように黒々と、生々しい。

孔雀・立葵図屏風

なんと個人像である。うらやましい・・・いったいどんな家に住んでおられる、どんな方が持っておられるのだろう。

右隻には雄雌の孔雀、左隻には立葵が描かれている。もともとは一つの衝立の表裏に描かれていたものだというが、これを2曲一双の屏風に仕立て直した人のセンスも素晴らしい。日本画を含め、東洋画ではよくこういうことが起きる。後世の人がオリジナルにどんどん手を加えていくのだ。あたかも時代を超えた共同作業ででもあるように・・・

右隻で羽を広げている雄孔雀は緑青と金泥でじつに丹念に、緻密に描かれている。一方、左隻の立葵は紅、胡粉、緑青で平面的に処理されている。この思い切った対比がいかにも光琳らしい。見ていて清々しくなる作品である。

白楽天図

根津美術館が持っている6曲一双の屏風である。同じ図柄のものが2008年に東京国立博物館で開かれた「対決 巨匠たちの日本美術」に出品されていた。こちらは個人像とのことだが、よりデザインが洗練されているところから、根津美術館のものより後の作品といわれる。

いずれにせよ、この屏風を初めて目の当たりにしたときの感覚をわたしは生涯忘れないだろう。「万里の波濤」とはよく言ったものだ。ずっと見渡す限りの大海原が目の前に広がっているようであった。そして波は高いのだ・・・その波がしらの頂上に船頭が見えたかと思うと、その船のもう一方にはじつは白楽天が座しており、やがてその視線の先には漁師の姿をした住吉明神が見えてくる・・・

じつにこの、われわれの視線をいざなうやり方が憎いのである。憎くて憎くて、また見てみたいのだ。

これは屏風なので、折り曲げられて立てられているわけだが、とくに光琳の作品は、実際に展示されている空間に立ってみてほしい。全然違うはずである。

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