イチオシ、パブロ・ピカソ3枚

ピカソのイチオシを紹介しよう。それも3点。ピカソは、われわれ「自分の目で見る」ことを信条とする独和珈琲絵画館の人間からすると厄介な画家である。なぜなら、20世紀ピカソほど画業において名声をほしいままにした画家はいないのであり、普通の人間としては彼の絵を無条件にほめたたえる癖がついているのである。

そこで今回は、自腹で買ってもよいという条件を付けてピカソの絵を3枚選んでみる。予算はずばり100万円。もちろん、これではピカソは買えない。だが、これは普段の昼食代が1500円を超えると「うっ」と感じるわたしの月収の2か月分以上にあたり、これをポンと出すには相応の吟味が必要なのだ。

それでは選んでいこう。

闘牛場の入り口

1900年というからピカソ若干19歳の作である。素晴らしい画力だな・・・わたしが初めてこの絵を目にしたのは1977年のピカソの回顧展、名古屋会場であった。パステルのあまりの発色の良さに、この絵の周りがパッと明るく見えたものである。当時の日本語のキャプションでは「広場の入り口」となっており、ニューヨークの個人が所蔵していることになっていた。まさかこれが今、日本にあるとは・・・

絵を描く喜び、画を見る喜び、広場に集い、生を送る喜び・・・この絵にはそうしたもろもろがすべて詰まっている。

人生の始まりで見るべき、じつにフレッシュな一枚である。

白いドレスの女

1923年。ピカソ42歳の作。ピカソの絵を見ていてつくづく思うのは、「この人は本当に毎日毎日、絵を描いていたのだなあ」ということである。そう、ある程度の量、絵を描いたものでないと分からない感覚というものがあって、そうした感覚を知っているものとしては「そう、それそれ」と思わず叫んでしまうのだ・・・

どんなに経験を積もうと、いくつになろうと、こと、絵を描く時間というものは、なかなか流れずに同じところで渦を巻いていることもあれば、急に流れ出すこともある。この絵でもピカソはしばらく渦を巻いていたようだが、ある間隙をついて一気呵成に絵を終点まで持っていったようだ。その瞬間がじつに美しく、素晴らしい。

モデルは妻、オルガであろう・・・しかも本当にピカソに愛されていた時の・・・MoMA、ニューヨーク近代美術館にある作品。

サルタンバンクの家族

バラ色の時代を代表する一枚は1905年、ピカソ24歳の作である。バラ色の時代とはいえ、青の時代以上に人の生の悲しさ、哀しさというものがじつによく表現されていると思う。デッサンとは「ものごとを知ること」であると、私に教えてくれたのは美術研究所にいたころの鈴木先生であるが、ピカソは真の意味でデッサンの達人でったというべきであろう。ワシントン・ナショナル・ギャラリーにある。ぜひ、見に行くべきだ。

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