あなたの知らないミレー

 

あなたはミレーについてどんなことを知っているだろうか。清貧に甘んじながら農民の生活を描いた孤高の画家といったところだろうか・・・ミレーの後を丹念にたどっていくなら、それは半分は当たりだが半分は外れである。あなたの知らないミレー・・・実はその半分がステキだったりするのである。

そもそもどんな人だったのか

まずミレーがどんな人だったかを見ていこう。ジャン・フランソワ・ミレーは1814年、ナポレオン1世の時代も終わりに差し掛かったころ、ノルマンディー地方のグリュシー村で農民の子として生まれた。農民のことはいいながら、学校には通ってラテン語の勉強などしたらしい。19歳で才能を見出され、シェルブール市で画業の修行を始める。やがて市から奨学金を得てパリに出て肖像画家となる。

肖像画ではそこそこ評判を得たが、シェルブール市長の肖像画でコケ、プーシェばりの神話を主題にした裸体画を描いて糊口をしのいだ。

転機は1848年。2月革命がおこり、「箕をふるう人」で農民を主題にした彼の絵がパリで受けるようになる。以後は「羊飼いの少女」「落穂ひろい」「晩鐘」など、次々とヒットを飛ばし、地位を不動のものとする。

晩年にはレジオン・ド・ヌール勲章をもらい、サロンの審査員も務めたが、脳腫瘍のため60歳で他界する。

ポーリーヌ・V・オノの肖像

山梨県立美術館が所蔵する1841年~42年の作。「水も滴る」とはまさにこのこと・・・ポーリーヌはいい女だったのだなあ・・・新妻を得た喜びにミレーが打ち震えているさまが筆先から伝わってくるようである。こんな女性像が描けたなら・・・言い方を変えると、こんな女性像が描けるほどのフレッシュな関係を女性と持てたのなら、画業はそこで終わってもいいだろう・・・

ルイーズ・アントワネット・ファルダンの肖像

ポール・ゲティ美術館が所蔵する1841年の作。とても180年前の作品とは思えない。今筆をおいたかと思うくらい、絵の具が生々しい。ルイーズの肌のなんと冷たくて滑らかなこと・・・襟のレースの模様はフランスハルスばりに平筆で一息に描き上げているのだが、これがまた、なんとも艶めかしくていいな・・・

横たわる裸婦

オルセー美術館が所蔵する1844~45年の作品。一瞬、春画かと見まごうばかりの妖艶さである。プーシェに倣ったと伝記は伝えているが、どうしてどうして・・・この髪の毛は昭和初期「責め絵」で有名だった伊藤晴雨の髪の毛である。なんともエロティックである。またこの向こうを向いた裸婦の腰部の悩ましいこと・・・こちらはクリムトばりだな・・・「ミレーという画家は裸の女しか描かない」と揶揄され、ミレーはそれを恥じたとと伝記は伝えるのだが、全く恥じ入る必要はない。

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