メディチ家について

 

学校にいたころ、美術室に石膏像が置いてあったという記憶をお持ちの方は少なくないであろう。デッサンの学習用に古代彫刻をトリミングして石膏で写したものだが、有名なミロのヴィーナスやヘルメスに交じって「メヂチ」という頭像がある。

これはじつはミケランジェロが作ったジュリアーノ・デ・メディチの全身像をトリミングしたものだ。ミケランジェロがメディチ家からの依頼で作ったお墓の一部なのだ。

今回はメディチ家について語っていこう。

財閥としてのメディチ家

当然のことだが、芸術作品は物理的な「もの」である。そうである以上、材料が要るし、その材料を加工する労働力が要るわけである。平たく言えば財力がなければ芸術作品は生み出せない。

記録によると、ミケランジェロはダヴィデ像制作にあたって400フローリン、システィナ礼拝堂の天井画制作では3000デュカットを受け取ったという。単純に比較はできないが、これを現在の価値に直すと、それぞれおよそ4800万円、3億6000万円となる。

ミケランジェロの才能やネームバリューと比較して、これが高いか安いかは置いておくとしても、庶民にはおいそれと手の出る金額ではない。

そうした注文をどんどん生み出すには、とてつもない財力が必要なのである。それはやはり、実業家ということになる。ニューヨークのアップタウンにあるフリックコレクションを作ったフリック氏は鉄鋼業で財を成した人であるし、グッゲンハイム財団の基礎は鉱業で築かれたのである。日本でも三井記念美術館の礎を築いた三井家は呉服業と両替商を営んでいたし、五島美術館のコレクションは東急グループの創設者が集めたものである。ちなみにメディチ家は毛織物業からスタートし、金融業で莫大な富を得た。

ロレンツォ

コジモ、ピエロなどが知られているが、やはり豪華王といわれるロレンツォ・デ・メディチが印象的だ。イタリアということもあって、さながらゴッドファーザーの世界である・・・

メディチ・ファミリーにも敵対するファミリーがいてパッツォ・ファミリーという。パッツォ・ファミリーは、あろうことか大聖堂で行われていたミサの最中、メディチ兄弟の暗殺を企てる。弟のジュリアーノは全身をめった刺しにされて死んだ・・・ロレンツォは辛くも逃れ、すぐさま反撃にでる。暗殺者、首謀者を捕らえては即刻処刑していった・・・絞首刑にされた首謀者をレオナルドが素描に書き留めている。

パッツォ・ファミリーには後ろ盾がいて、なんと時のローマ教皇であった。教皇は「破門」という伝家の宝刀をふりかざしてロレンツォをつぶしにかかる・・・だが、ロレンツォは教皇の盟友ナポリ王国へ乗り込み、これと和平を結ぶことに成功するのだ・・・

マリー

メディチといえば、マリー・ド・メディシスも忘れてはならない。かのルーベンスの傑作、「マリー・ド・メディシスの生涯」の主人公である。彼女はメディチ家からフランスへ輿入れしてブルボン朝の祖となった。彼女はフランス宮廷に洗練された貴族文化を持ち込んだ。それまで手で食べていたフランス宮廷の人たちがナイフとフォークを使うようになったのは彼女によるものだったというし、また、デザートの概念も彼女が持ち込んだといわれている。

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