最高の素描家を考える

『最高の素描家が誰か』ということを、なぜ考えるかといえば、ちまたでは次のようなことがよく言われるからである。

「ピカソは無茶苦茶に描いているように見えるが、彼の絵はきちんとした基礎の上に立ったものなのだ。彼の少年時代のデッサンを見るがいい」

わたしはこうした物言いには二つの意味で懐疑的である。ひとつ目は、ある時期以降の絵画には基礎としてのデッサン力は必要ないのではないかとわたしが考えること。ふたつ目は、ピカソが必ずしも抜きんでた、素描家として最高の人ではないのではないかとわたしが考えることである。今回はふたつ目についてついて考えてみる。

デッサン3傑

ピカソはたしかに優れたデッサンを描いてはいるが、彼並みのデッサンを描いている画家はほかに何人もいる。それどころか、彼よりも上なのではないかという画家が何人かいるので、そうした中から、今回はとくに3人を選んで紹介したいと思う。

オーギュスト・ドミニック・アングル

デッサンの名手として名高いのは踊り子や浴女を描いたドガであろうが、そんなドガが若き日に訪ねて行ってアドバイスを求めたのがだれあろう、新古典主義の重鎮オーギュスト・ドミニック・アングルだったのである。

アングルの作品は、手跡というものを一切残さず、画面は鏡のように滑らかな仕上がりとなっているため、なかなかタブローでは分かり辛いのだが、メトロポリタン美術館所蔵の『エドモン・カヴェ氏の肖像』、あるいは『カヴェ夫人の肖像』など、短時間で描き上げられたものや『ルイ13世の誓願のための習作』を見ると、彼がいかに優れた線を引く人物だったかがよくわかる。ちなみに、アングルがドガに与えたアドバイスとは「とにかくたくさん線を引きなさい」というものだったという。

トゥールーズ・ロートレック

 あのピカソの『青の時代』や『バラ色の時代』の時代の描法は、かなりの部分ロートレックに拠っていると私は見ている。人物のシルエットを濃い直線で括ったり、縦方向の長いストロークで陰影をつける方法などはそっくりである。ちなみにオランダはトリトン財団が所有する『サン・ラザールにて』という素描は出色の出来栄えである

円山応挙

日本からは円山応挙を挙げておこう。ニューオーリンズ、ギッターコレクションの中に『牛図』というものがある。これは注文主にあてた書簡の中に、牛をこんな感じで描くつもりだというラフスケッチを描き込んだものである。さらさらと一気呵成に描かれた図のようであるが、にじみを生かした牛の背中の凹凸や、牛の綱の曲がりくねった感じなど、一本の線の無駄もない。この人も『保津川真景図』などのように、写生派として丹念に描き込まれたものが有名なので、あまり知られていないのだが、じつに鋭い線を引く人である。機会があれば、ぜひ、彼のラフな作品を見てほしい。

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