絵画に見るエロスの開放

 

絵画に見るエロスの解放

エロスというものを絵画の中で直裁に表現できるようになるのはいつ頃からなのか・・・?エロスの解放というのはいつ頃確立したものなのか・・・?そうしたことを考えながら絵画を見るのも、また楽しいものである。

現在、国立新美術館で開かれているボ

ナールの展覧会の中に「男と女」(オルセー美術館)と題する大きな画がある。オルセー美術館が所蔵していることも

あり、ボナールの画集では頻繁に目にするものなのだが、この作品、よく見るとそうとうエロティックである。画中の男女はそれぞれ、ボナール本人とその愛人マルトであろうが、どう見てもこの状況は性行為の前である。(性行為の後であるという人もいるであろうが、猫と戯れているマルトの表情や仕草から、わたしにはどうしても前のように思える)

絵画史を紐解けば、もっとエロスをあからさまに取り扱った作品は多くあるのだが、わたしが注目したいのは、その制作年である。1900年とある。

エドゥアール・マネが「草上の昼食」を描いたのが1863年。この作品はサロンに出品されて落選・・・そして落選したものを集めて催された「落選展」に展示されて轟々たる非難を浴びる・・・この画に描かれた状況が破廉恥極まりないというのだ・・・場所はパリ郊外の森であろうか・・・2組の男女がおり、男性は2人とも着衣、女性のうち一人は半裸で行水、もう一人は行水を済ませ、ほとんど全裸という状況だ。たしかにパリ市中の社交の場から見れば羽目を外しているようには見えるが、エロスの観点から見れば、さほど隠微な作品ではない。むしろ2組のカップルは自然の中で無邪気に生(性)を楽しんでおり、とても明るい作品だといえる。

だが、それでもこのエロスの表現は問題だったのだ・・・そして37年後には、堂々とエロスそのものをテーマにした絵画表現が可能になった・・・

「解放」は1963年から1900年までの間に起こっているはずである。さあ、それはいつなのであろうか?

わたしの見解はずばり1880年である。印象派のモネの作品が売れ始め、彼の生活が経済的に安定し出すのはこの年である。サロンという、いわば権威のお墨付きによるのではなく、彼らを応援する画商やブルジョワジーが認めてくれるならば、思い切った表現が可能になっていくのだ。モネの作品が売れるということは、まさにその象徴なのであって、やがてセザンヌが、そしてゴッホが見出されていくのである。そうした、個性的な表現の解放の中にエロスの解放も含まれていたのではないか・・・

わたしはそう見るのだが、皆さんはどうであろうか?皆さんが見てエロティックだと思える絵画があったら、ぜひその制作年にも気をつけて欲しい。ひょっとしたら1863年から1900年の間に制作されたものなのではないだろうか・・・

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