デッサンとはなにか

デッサンとはなにか

もう36年も前のこと・・・そろそろ研究所は閉まる頃合いだった、時計は8時を回っている・・・

当時、高校生のわたしは、ソファで一服していた鈴木先生をつかまえると、デッサンをみてくれるよう頼んだ。脇にはこの一か月で描き溜めた数十枚のデッサンを抱えていた。

「じゃあ、下へ行こうか」

鈴木先生とわたしは階下の部屋に降りて行った。そこは油画科の生徒が制作するフロアで、ぺトロールのにおいが充満していた。

モチーフ台にデッサンを載せ、何枚かを見て鈴木先生は言った。

「あのね、デッサンって何だと思う?」

わたしは答えられないでいた・・・鈴木先生はデッサンを見つめながら、

「デッサンはね、知るということだよ。」

と言った。そして私の方を振り返るとこう言った。

「あなたね、これ、背の高さまでやんなさい。何年かかってもいいから・・・ぼくは3年かかった。でもね・・・そしたら、かならず見えてくる。」

次の日からわたしは、研究所が終わって家に帰ると、大急ぎで食事を済ませて入浴した・・・それから寝るまでの2~3時間が勝負なのだ。ビール缶や金属バット、キャベツや生肉まで・・・あらゆるものを題材にした・・・寝るまでデッサンをするわけだから、勉強などする時間はなかった・・・

そうして半年が過ぎた。カルトンがデッサンでいっぱいになると、鈴木先生に見てもらった。見てもらうと、部屋の隅に積んでいく・・・デッサンをする・・・見てもらう・・・積んでいく・・・デッサンは10㎝ほどになった・・・だが・・・

スランプがやってきた。何を描いても木炭や絵の具は木炭紙やキャンバスの表面を滑っていくだけで、何物にもならなかった・・・わたしは何も手につかなくなり、自然と家でデッサンを描くことをやめてしまった・・・鈴木先生にもデッサンを持って行かなくなった・・・

 

ずっと忘れていたが、2~3年前に突然この出来事を思い出した。そして考えた・・・今わたしがやっていることだって「知ること」である。すると、わたしは今もデッサンをしていることになるのである・・・だとすれば、あの頃から現在までじつは「デッサン」は連綿と続いているわけだ・・・そして・・・果たしてそれを積んでいったならば、それは背の高さになっているだろうか・・・

今、わたしには見えているものがあるだろうか?あるいは・・・

わたしはまだ背の高さに向かっている途上なのかもしれない・・・

 

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